当事務所が代理人を務めた福岡県那珂川市に対する国家賠償請求(福岡地方裁判所令和5年10月19日付判決)について多方面からお問い合わせをいただいておりますので、当事務所のコメントを述べさせていただきます。
本事件の主要な争点は、那珂川市に歩道の設置管理の瑕疵があったか、国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵があるか否かという争点です。
この点について、福岡地方裁判所は、那珂川市の道路の設置管理の瑕疵を認める判決をしています。道路設置、管理の瑕疵については、どこまでが自治体の責任になるのか、自治体としてどこまでの管理をしなければならないのかというのが、本事件の主要な争点の1つです。
本件は、たまたま道路に「苔」が生えており、マラソンをしていた通行者が転倒したというように受け取られているかもしれませんが、少し事情が異なります。
本件事故現場は、歩道の脇に擁壁が存在し、その擁壁から断続的な漏水が発生していました。その漏水は歩道一帯に広がっていました。坂道であるため、歩道一帯に広がった漏水は5メートル下まで続いている状態でした。そして、擁壁からの漏水は、歩道表面に長さ2~3mmの苔を形成していました。これらの事実は判決でも認定されています。
本件事故現場の歩道は、原告本人の証言によると「スケート場」のような滑りやすい状態にあったとのことです。山を切り開いた道路とはいえ、舗装され、公共の用に供されている歩道が、歩道一帯に、5メートル下まで苔が生え、スケート場のように滑る状態に置かれていることは、自治体の道路の管理として、十分といえるのかというのが、本件での問題意識です。
工事後の擁壁から日常的に漏水が発生しており、歩道に広がる漏水に対して、何らの対策もされておらず、坂道である歩道全体が濡れて苔が生えている状態が長期間放置されている状態は、いつ事故が発生してもおかしくない状態と考えられました。
福岡地裁の判決においても、「歩道の通行者が濡れた苔を回避するためには、苔の生えていないところまで5m程度車道を通行する必要があり、危険な態様での通行を余儀なくされる」こと、「通行者は本件事故現場付近まで近づいて初めて濡れた苔の存在を認識できると考えられる」と認定されています。
本件事故の現場は油山に近く、山地を切り開いて設置された道路であることを踏まえても、「舗装された歩道の表面に5mも苔が広がっているのは通常であるとも考え難い」という裁判所の判断は、合理的な判断であると考えています。
本件事故の原因は、過去の歩道脇の擁壁の工事の欠陥が根本的な原因でと考えらますが、道路の保全上、のり面の排水対策は、きわめて重要であるとされています。のり面の排水対策が不十分であると、漏水が発生することは想定できることであり、漏水が道路にまで及ぶ場合、道路は危険な状態になってしまいます。
本件事故現場では、本件事故の過去に行われた擁壁の排水対策が不十分で漏水を発生していたこと、歩道にアスカーブの排水対策も施されておらず、歩道全体に漏水が垂れ流しの状態となっていました。さらにそれが長期化し、苔まで生えていました。本件事故現場は福岡市と那珂川市の境界近くですが、福岡市側の歩道は、のり面の排水対策を行っています。
本判決では、道路の「苔」の存在ばかりがクローズアップされるかもしれませんが、本件における裁判所の判断は、道路の擁壁工事で最も重要とされている排水対策が不十分であり、これが長期間放置されていたことにより、歩道一帯、5メートル下方にわたり苔が生える状態にまで至り、本件事故現場の歩道は、通行者が安全に歩道を通行できる状態ではなかったことが重視されていると考えています。したがって、本件において判決が国家賠償法2条1項にいう営造物の設置管理の瑕疵を認めたことは妥当だと考えています。
なお、原告の過失については、裁判所において、「歩道の通行者が濡れた苔を回避するためには、苔の生えていないところまで5m程度車道を通行する必要があり、危険な態様での通行を余儀なくされる状態であったこと」、「通行者は本件事故現場付近まで近づいて初めて濡れた苔の存在を認識できると考えられる」との認定の上、原告は坂道をマラソンをして下っていたのであるが、「苔を避けて走行することが可能であったにもかかわらず、漫然と本件歩道の苔の上に走りこんだ過失がある」として、原告の過失を4割と評価した点は、原告に対してやや厳しすぎるのではないかと考えております。